豊かな時代の遺物で幸せを作る
今後は老後的な感じで生活していくんだなー、そういう気持ちの準備をしていかなきゃならないな・・というようなことを最近考えていました。
街全体がそんな感じになっているのを感じています。年金生活者が街にどっと増えていて、住民がバリバリ稼いでいた頃にできたお店が閉店せずに残っているのを、ありがたく利用したりして、ギリギリ楽しく生活しているというか。その中にあっても、バブル期を彷彿とさせる大がかりな施設は、一つまた一つと閉じていっています。
家庭的にも、今後は家も家具も車もなかなか新しく買うということはできないけど、以前買ったものをできるだけ大事に長く使って、そこそこ豊かな暮らしを維持していこう、というようなコンセプトで生活していく感じです。習い事に新たにお金はかけられないけど、前に習ったことを活かして、思い出して自分で活動して楽しんでやっていくとか。
先日、オーケストラのコンサートを聴きに行ったのですが、そもそも、オーケストラとかというもの自体が、過去の豊かさの遺物で幸せを作っている形だな、と思ったのでした。
現代社会では、儲けのパフォーマンスを追求していくビジネスのスタイルから、新たに、こんな出演者が多い音楽スタイルを開拓していくような余裕はないもんな、と。
王様の時代、一部の人がきらびやかに贅沢できた時代にできた文化のスタイルを、せっかくだから拝借して維持して楽しんでいる、という、そういうのがクラシック音楽だな、とも思ったのでした。
竹田恒泰さんがよく、「日本にはお金に換算できない豊かさがある」とおっしゃいますが、豊かな時代の・・という言い方だけにあてはまらないかもしれないですが、良き時代の遺物を利用して、色々な豊かさがある、という言い方もできるような気がします。